よろずやジロー~宮本次朗【プレカットの宮本工業グループ相談役】のブログ

プレカットの宮本工業グループ相談役、宮本次朗の一代記。人生を彩る貴重な出会い、感銘を受けた言葉を振り返りつつ、明日を語ります。

ピンチとチャンスの繰り返し①

社内に貼り出している『宮本イズム』。 企業の最終目的は生き続けることにある~ピーター・ドラッカー。 私はこの言葉に感じて、この言葉を信じて行動してきました。具体的には、いかなる経営環境にあっても、明確に中長期のビジョン(未来構想)・戦略を掲…

強みは何か

50年前から現在に至るまで、多くの方にお世話になりました。 毎朝のストレッチ運動の途中、ふと昔のことを思い出すことがあります。そういえば20数年前、営業支援のため、横浜にある取引先を訪ねたときのこと・・・。 「宮本さん、宮本工業の強みは何ですか。」…

ジロー物語その後

5月20日の刊行から2ヶ月。拙著『ジロー物語』の望外の好評に恐縮しきりの毎日です。実はこの本、5500冊を印刷し当社に着いたのがゴールデンウィークでして、私は早速、謹呈先のリストアップと本へのサイン入れを始めました。社員、家族、友人、取引先・・・。…

再会の喜び

『ホテルきよ水』ホームページより引用。 普段、マグロのように動き回っていた私がコロナ禍の自粛で和歌山に留まること数ヶ月。ようやく移動が解禁になり当社仙台工場を訪ねました。久しぶりの再会にお互い自然と笑みがこぼれます。事務所、工場と歩いている…

人生は入学・卒業の繰り返し

我が家の庭の黐の木。思い入れの深い木です。 「明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ。」インド独立の父、ガンジーのことばです。 還暦を迎えた14年前、第一の人生を卒業した私は以降の人生の節目を卒業・入学になぞらえ、“在学期間”での…

心の礎~一枚の絵~

寺内観山『瀞渓谷の筏流し』。 コロナ禍のもと、出張もゴルフもできず、必然的に会社にいることが多くなっています。そんなある日、応接室での打合せを終え、室内をなんとなく見渡したとき、1枚の絵が目に留まりました。和歌山市出身の画家、寺内観山による…

コロナ後の社会と日本的経営の復権

当社が取得したISOの登録証。 1980年代、日本でも大企業を中心に、出資者である株主の利益を至上のものとする株主第一主義が広まりました。アメリカから流入してきた、この新しい考え方がグローバルスタンダードの称号を得る一方、ステークホルダー(利害関…

新たな発見

緊急事態宣言が出される前の3月のある日、和歌山県の仁坂知事と仲間の4人で久々の会食をしました。場所は私の行きつけの割烹、親方と奥様に「私も酒抜きで頑張るから、目一杯おいしいものを頼みますよ」と冗談交じりにお願いし、お互いウーロン茶で乾杯で…

見えない敵との闘い

閑散とした夜の銀座。毎日新聞2020.4.20付けウェブニュースより。 戦後75年。日本は空襲による国土の荒廃、オイルショック、バブルの崩壊、度重なる自然災害など様々な苦難に立ち向かい、それらを克服することで現在の地位を築いてきました。 ところが今般の…

ジロー物語について④

念願の本の刊行が5月20日に迫ってきました。なお、一般書店に並ぶ書籍ではなく、販売もいたしません。ご希望の方に謹呈させていただきますのでご一報ください。※当ブログ末尾にお申し込み方法を記載しておきます。恥ずかしながら、どうか目を通していただけ…

日米草の根交流サミット2021和歌山大会を目指して

高知県の足摺岬に立つ中濱万次郎像。 その昔、三菱商事の木材本部木材部に在籍し、原木(丸太)と住宅用資材の仕入れに関して大変お世話になった友人・吉國譲治氏。彼が5年ほど前に来和した際、受け取った名刺を見ると「公益財団法人ジョン万次郎国際草の根…

和歌山新報『斗南の一社』連載スタート

和歌山新報の掲載面。 和歌山市とその周辺をエリアとする日刊紙『和歌山新報』で当社の歴史を紹介する連載がスタートしました。作家・高田朋男氏の筆によるもので、週1回のペースでの掲載がしばらく続くそうです。 紙面ではこれまでも高田氏による県内企業…

危機管理

本来なら、これから多くの観光客を迎える和歌山の景勝地・和歌浦ですが今年は・・・ 新型コロナウイルスが猛威を振るっている今日、国・地方のリーダー達は国民の命を守ること、そして家計と企業を早く救うことが使命であると思っているはずです。でも行動が遅…

東京なら帝国ホテル、仙台なら・・・

『佐勘』ホームページより引用。 当社の仙台工場から約25分のところに千年近く続く秋保温泉があります。工場の建設中だった1990年(平成2年)頃からかれこれ30年、私は湯治を兼ねて年10回ほどのペースで訪ねています。一番のお気に入りで、仙台の常宿にして…

ジロー物語について③

『ジロー物語』第3部では『仕事のこと』について記しています。ブログ中でも述べたとおり、私にとって経営の師は父です。「人を使う、人を動かすには、目的・目標をしっかり持たねばならない。」父は経営戦略・戦術に長けた人でしたが、それ以上に自らの理…

ジロー物語について②

本のサンプルが届き確認。製本にGoを出しました。 前回、『ジロー物語』の第1部に関連するお話を書かせていただきました。今回は第2部『父母、家族、私のこと』について。 私の父母はいろいろな事情で満足に学校に行けず、そのことに対するコンプレックス…

初めてのベトナム②

サン前国家主席と。 和歌山県ベトナムミッション団の一員として各所を訪問する道程に見られたのは歴史ある街並みです。3日目の午後、ハノイを代表するスポットを歩く機会に恵まれました。まずはホー・チ・ミン廟。ベトナム建国の父であるホー・チ・ミンの遺…

初めてのベトナム①

首相府にて(中央右がズン官房長官)。 当社の3つの工場も例に漏れず、慢性的な技術者不足に悩んでいます。そんななか、当社にとっては労働力の確保、相手国にとっては技術の習得というWIN-WINの関係を取り持つのが実習生制度です。当社では2017年以降、こ…

ジロー物語

令和2年1月21日のブログで中締めの話をしました。あれから1ヶ月のご無沙汰です。 実は皆様の勧めにより、このブログを本にまとめ5月20日頃に刊行する運びになりました。表題は『ジロー物語 ご縁とおかげの人生帖(ライフノート)』。構成は4部だてで画…

銀座いまむかし

振り返れば、このブログの第1回のテーマが銀座。そこで今回は再び銀座のお話をして中締め※としようと思います。 約50年前、銀座には1万軒ものバー・クラブがあったそうです。そんな最盛期に私は初めて銀座に足を踏み入れました。以来、自分が稼いだお金で…

P&Fの確立を目指して

現場の施工を担うのが大工・フレーマー。 木造住宅の着工件数が頭打ちとなるなか、当社はじめプレカット業界は木造非住宅の需要喚起に努め、グロスでの売上増に結び付けています。その一方で近年、ハウスメーカーを悩ませているのが”大工不足”の問題です。東…

謹賀新年

新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。 私の愛用品のひとつに、同じ日付の記録10年分を見開きにまとめることができる日記帳があります。これを見ると、例えば5年前の今日、どんな出来事があって何を考えていたのかがひと…

祇樹給孤独園

京都の代表的スポットのひとつ、祇園。 さて、このことばの意味はなんでしょう。頭とお尻の一文字ずつを取ると祇園。つまり、京都は祇園の地名のルーツなのです。ゆえに、平家物語でおなじみの祇園精舎も正式には祇樹給孤独園精舎というそうで。このことばを…

広重、北斎、そしてゴッホ

ゴッホ作、タンギー爺さんの肖像油彩のひとつ。 東京出張からの帰途、京都で下車して祇園画廊から京都文化博物館、細見美術館と絵画鑑賞のはしごをしてきました。このうち、文化博物館では歌川広重、葛飾北斎、伊藤若冲ら作品を展示する『百花繚乱ニッポン×…

プレカット、その先へ~木造非住宅

大阪府岬町に完成した、ATA構法によるテニスコート。 2012年、私は社長を退き会長に就任しました。この間の心持ちについては何度か触れてきましたが、今回は職務上の"棲み分け"について。 バブル経済崩壊からの「失われた20年」は木材業界に暗い影を落と…

木材団地の共有私道にまつわるエトセトラ②

県有化された団地内道路。 恒久的な維持管理の確立を目指して始まった、共有私道の公道化プロジェクト。権利者の承諾をようやく取り付けた私たちは、和歌山県・市に対して寄付を受け入れてくれるよう陳情しました。ところが県も市も回答は「No。」私道は自…

木材団地の共有私道にまつわるエトセトラ①

和歌山木材港団地の案内図。赤線部が共有私道だったところ。 長らく会社経営に携わるうち、和歌山木材協同組合や和歌山木材港団地振興会、和歌山木材港株式会社など業界団体の要職をいくつか務めさせていただきました。任期中、いろいろな懸案事項に直面しま…

東日本大震災と仙台工場

赤い部分が東日本大震災における仙台市周辺の浸水域。地図左下、エンジ色のMのマークが当社仙台工場。 2011年3月11日、最大震度7の東日本大震災が発生。当社仙台工場がある名取市も震度6弱の地震に見舞われました。こうしたなか工場は、建設時に津波を想…

経営方針発表会

発表会の様子。2019年和歌山(上)、1996年千葉(左)、2007年仙台(右。左奥が現社長。)。 当社にとって経営方針発表会は一大行事です。1994年(平成6年)10月開催時から、全従業員が一堂に会し、前年度の反省と今年度の方針を共有する場としています。そ…

全国制覇への挑戦

社の成長をテーマにしたモニュメント。道まだ半ばか。 当社は1995年までに千葉、和歌山、仙台のプレカット工場で造作材を除く全商品一括納材体制を確立しました。その結果、年間生産実績で日本一を達成するに至りましたが、一方で他社のプレカット参入も相次…